Skip to content(本文へジャンプ)

「幸せにならなければならない」なんてことはない

2018年03月12日

こんにちは。

入社もうすぐ3年目の遊佐です。

表題について書きます。

独り言のような内容です。

文章の鮮度を落とさないよう、

推敲は最小限にしているので、あらかじめご了承ください。
 
 
-- -- -- -- --
 
僕には完璧主義なところがあって、

それが"ねばならない"を増やして増やして、

人生をがんじがらめにしている。

それはなぜか。

飽食の時代と呼ばれてしばらく、

衣にも食にも住にも、

日本は最低限度の生活の水準が高い。

そうすると、人は自分で"幸せ"の定義を見つけなければならない。

見つけなければならない?

そんなことはない。

"幸せにならなければならない"なんてことはない。

人生の外側に意味なんてない。

生きていること自体が意味。

たとえば、意味のある人生、意味のない人生なんてある?

そんなものない。

人生の外側に意味なんてない。

人生そのものがあるだけ。

そこから何が見える?

どんな景色が見える?

どこへ行こう?何をしよう?

"クズになる自由"がある。

別に立派にならなくてもいい。

別に人生の目的なんて、天命なんてなくたっていい。

"失敗"なんてない。

無駄な時間なんてない。

生活は続くから。

すべては経験、いずれ一本の糸につながる、ひとつひとつのビーズのようなもの。

散らばった色とりどりのビーズ。

フラットになる。

裸になる。

一度すべて壊して、そこからゼロから、何をつくろう?

100年くらいの暇つぶし。

人生の主導権を握る。

社会には、"取り返しのつかないこと"がある。

そういう罠に気をつけて。

一時の感情や欲望に惑わされても、

人生の手綱を放すな。

水辺と草原と森と荒野、空気と星、

100年の時間。

どこへ行こう?何をしよう?

そこから何が見える?

最後に、最近学んだ"生きがい"の話。

人とコトの関係性。

「好きなこと」「得意なこと」「世間が必要とすること」「稼げること」の4つの円。

それらが重なってできる様々な領域、

その中心、4つの円が重なったところに、その人の"生きがい"があるらしい。
 
 
生きがい.png
 
 
(引用: 山田将史, 「生きがいとは何か? ―――好きで、得意で、稼げて、必要とされること」,

http://ichi-shutsu.com/?p=335, 参照2018年3月12日)
 
 
ここからは個人的な解釈だけど、

「得意」と「稼げる」はあとからある程度ついてくると思う。

考える出発点は、「好き」。

ここだけは、ごまかしがきかない。

夢中になってできること、ついやってしまうこと。

それは往々にして、自分が「できない」「苦手だ」と

思っていることとイコールだったりする。

そのことへの理想が人一倍強いからこそ、

自分はまだまだだ、できていない、と自分に厳しくなる。

言葉を変えれば、それだけそれがやりたい、そうありたいと強く願っているということ。

それが「好き」「やりたい」。

それを必要としている人はいないだろうか。

いるならば、それば「世間が必要とする」でもある。

あとはただ一心不乱に、それを極めるだけ。

亡霊のように、取り憑かれたように、

花のように毒のように、

それを突き詰めていけば「得意」「稼げる」は自然とついてくる。

そうやって見つけるのもひとつの手。

でも見つけ"なければならない"なんてことはない。

生活は続く。

そこに意味なんてない。

どこへ行こう?何をしよう?

そこから何が見える?
 
 
-- -- -- -- --
 
 
好き勝手書かせてもらいました。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

ページの先頭に戻る

アーカイブ

  • チャレンジ25 未来が変わる。 日本が変える。 サイベイト株式会社はチャレンジ25キャンペーンに参加しています。
  • Best Venture100 ベンチャー通信編集部オススメのベンチャー
  • 新経済連盟
  • 就活アワード
  • 2017年発表「働きがいのある会社」ランキング